2011年12月17日
Keisonライブレポ「漂流の果て」
小生は食事には頓着しないので、沖縄に行ってもいつも適当なものを食べています。しかし、ライブ目的やオバサンとなじみだとかの理由でなくて、純粋に食事目的でリピートしている店が1件だけあります。
国際通りの裏通りにあるアジアン料理の店「ウンチャパティ」です。どの料理もおいしいですが、トムヤムクンが秀逸。タイで食べるよりうまい!(というか、日本人向けにしてある。)
このお店、BGMもなかなかご機嫌です。ハウスとかフュージョンとかアジアン系とか節操はないのですが、少なくともCDをかけているマスターの音楽センスの良さを感じさせます。
9月の訪問時に、トムヤムクンを食べながら、耳に留まったBGMがありました。日本人の男性シンガー。ハスキーでメローな歌声にストイックな楽曲。
2曲目も3曲目も4曲目もどこまで進んでもイイ。レゲエ、ブルース、フォーク、ロックと骨格は変わるけれど、外れ曲は全くなし。
糸満在住のお店のおネエさんに思わず「これ誰?」と訊いてしまいました。すると、新潟出身の若いマスターが出てきて、「Keisonですよ。」と教えてくれました。
「あー、これがkeisonか。」10年程前に名前を聞いたことはあるけれど、曲を聴いたのは初めてでした。
以来、Keisonのライブを見に行こうと狙っていました。月に10本以上のライブを行っているものの、地方行脚も多く、こう見えても小生だって毎日忙しいため、なかなかタイミングが合いませんでした。
ようやく、12月8日、東京・吉祥寺のタイ料理屋「アムリタ食堂」でのライブに行けることになりました。
会社の帰りなので、ライブハウスでしばしば邪魔になるカバンとコートを吉祥寺駅のコインロッカーに預け、開場の18時ちょうどに着くと、入り口には「都合により開場が遅れています。」の表示が。
もう少し西の奥多摩では雪が舞っているという寒空の下、他の十数名とともに、小生はコートなしで1時間待ちました。
ガラス越しに中を覗くとリハの遅れが原因のようでしたが、お客第一に考えなければならないミュージシャンが、お詫びもなくお客を寒い中待たせて、ビールのジョッキを片手にちんたらリハをやっているとは何事だと、小生は憤慨しておりました。
さて、1時間遅れで店中に入り、タイ料理屋ということで、メコンウイスキーとトムヤムクンを注文。奇しくもKeisonを知った時に食べていた料理と同じものを食べることになったのでした。
観客がぐるりと取り囲むようにお店の中央にライブスペースが設けられ、主にベースを演奏するカッチャンと主にカホンを演奏するカズさんの二人のマルチプレーヤーを引き連れてのライブです。
リハ同様にまたもやビールのジョッキを片手にKeisonが登場。黒人ハーフのような容貌。相席のOL2人組が思わず「カッコいい!」と叫びます。
1曲目「Under the sky」。寂しげなギターストロークとカッチャンのスライドギター。哀愁に満ちた歌声が乗っていきます。
「ふっと目が覚めて まだ陽は昇らない
つけっぱなしの灯りをそのままに
朝もやの中に消える」
「何かにすがる 何かにすがりたい
鳴りっぱなしの電話の音たちが 夜空に響く
自分の扉を探す 余分な荷物を減らしながら」
シンプルなコードの繰り返し。ギターの小技をさりげなく散りばめながら、大技をドカンと繰り出すかなりテクニカルな演奏。
そこに、魅力的なハスキーボイス。苦悩に満ちた表情で、声を搾り出すように歌い、ここぞという場面で歌のボルテージをガツン上げる、幅広いダイナミックレンジ。
もう、カッコいいという他ありません。
2曲目「逃避行SOS」。今度はアルペジオ。これもまた切ないメローボイス。
「モノクロのフィルムの逃避行
サビついたメロディ 空に並べた
風にゆらりゆられて 草木が踊りだす
目に見えないSOS」
3曲目「Slow Life」はメジャーコードの明るい曲ながら、ここにもある種の虚脱感・漂泊感が漂います。
「流れたどりついた場所は
水たまりにただよう枯葉のよう
自分の心に聞いてみよう
本当の気持ちが見えるまで」
ここまで聴いて、ふと思いました。
歌詞はしばしばミュージシャン自身の心象を反映していますが、そうだとすると、Keisonは、心に大きな孤独感を抱えているに違いないと。どの歌の歌詞にも、尋常でないほどの寂寥感がただよっています。
小生は早速IPhoneで彼の経歴を調査してみました。
1976年静岡県生まれ。35歳。
好きなミュージシャンの最初に「カート・コバーン」。
カート・コバーンってか?!
1990年前後にグランジ・ロックの雄となり世界のポピュラーミュージックシーンを席巻した「ニルバーナ」のボーカリスト。1994年にショットガンで頭を吹き飛ばして凄惨な自殺。自殺の前にはドラッグで心身ともにボロボロになっていたと言われています。享年27歳。
偶然にも27歳で死んだスーパースター級のミュージシャンは数多く、彼らはまとめて「27クラブ」と呼ばれています。
史上最高のロックンロールバンド、ローリングストーンズの創始者「ブライアン・ジョーンズ」、史上最高のロックギタリスト「ジミ・ヘンドリックス」、史上最高の女性ロックシンガー「ジャニス・ジョプリン」、史上最高のロック詩人「ジム・モリスン」。そして、史上最高のグランジシンガー「カート・コバーン」。
通常はこの5人で語られる「27クラブ」に、小生は史上最高のブルースシンガー「ロバート・ジョンソン」も加えたいところです。
彼らは、いずれも巨万の富と名声を手にしながら(ジョンソンを除く)、心満たされず、孤独感にさいなまれて酒やドラッグに溺れ、27歳で死の淵へと落ちて行きました。
ステージでもビールや強いテキーラを飲み続け、悲しく孤独な曲を歌い続けるKeisonを見て、27クラブのメンバーの心象と人生が重なりました。申し訳ないですが、Keisonは彼らのようなスーパースターではありませんし、当然ながらKeisonが自殺しそうだと言っているわけではありません。
共通するのは、歌っても歌っても、心が空虚なのではないかと。
歌詞の寂寥感・漂泊感が半端ではないのです。
この日のセットに限らず、Keisonの印象的な歌詞をネットの歌詞サイトから拾ってみます。
「いい加減な気持ちのまま
曇り加減な夜空を見上げ
俺はどこへ行くのだろう」(24)
「あの時に一緒に笑った仲間は
今どこで何をやってるのさ
答え探してどこまでも歩きたい
夢とロマンが終わらないように」(Sky time)
「夢の国を歩いて
待ち望む終わりのない繰り返し
退屈になりかけた日々に
不信だけが残る
(中略)
行方知れず 道もわからないまま
信じていいのは変化だけ」(風を探して)
「足を止め 空に叫ぶ
怒りも祈りもかなわず 蹴散らした
野良犬みたいに寂しいんだよ」(ジレンマの花)
「時間と夢と希望の中
どこまで続くのだろう
行き着く場所も分からない
ただ風に吹かれながら」(ダンデライオン)
「宙ぶらりん 宙ぶらりんのまま
とりあえず」(宙ぶらりん)
ストレートな孤独感というよりも、自分のアイデンティティが定まらない漂泊感というべきでしょうか。全国のライブハウスを旅して歩き、彼はそれを漂流と呼び、インディーズから「漂流」というタイトルのアルバムも出しています。
2000年にソニー傘下のエピックレコードからメジャーデビューしたものの、ヒット曲に恵まれず、2003年に東芝EMIに移籍。そして、2005年には大手レコード会社から離れ、インディーズで活動して行きます。
失礼ながら、10年以上音楽活動をしてきたけれど、ある意味行き詰まり、「この先俺はどこに行くのだろうか」という思いが、歌詞に現れているのではと連想させます。そして、その不安を紛らわすように、酒をあおって、苦悩に満ちた声で歌うのです。
そう推察すると、少し心配になってきました。
2nd setになると、酒のピッチはますます上がり、明らかに演奏のクオリティが下がってきました。ボーカルはともかく、ギターの演奏が散漫になっています。これはイカンでしょう。
お客を寒空の下1時間待たせたのも、ある意味すさんだ生活の中で、正常な判断力が低下しているせいではないかとの考えが頭をよぎりました。
大丈夫かKeison!!
ライブも終盤、最近CDをリリースした「My way」を披露することになりました。恥ずかしいくらい有名な「My way」ですが、この場面では2つの意味で重要です。
輝かしいメジャーデビューから始まって、今はインディーズ活動をしているKeison。この最新のCDはインディーズリリースどころか、もう流通には乗らなくて、ライブ会場のみの発売になってしまいました。つまり、CDをリリースするということに関して、最後の砦的な位置づけであることが一つ。
もう一つは、「My way」とはすなわち「私の人生」という意味であること。他のミュージシャン以上に歌詞に自分の人生を反映してきたと思われるKeisonにとって、この曲はまさにこれまでの半生の総括ではないかと思えるのです。
彼は漂流の果てに何を歌うのか。
アップテンポのレゲエ調。カッチャンのベースとカズさんのカホンがご機嫌にシンコペを刻みます。
そこに酒でロレツが回らなくなりそうになりながらも、なお魅力あふれるKeisonの歌声がリフレインで響きます。
「すさんだ心に 青い空 青い海
もう一度確かめて
奇跡の命を この大地に刻んで
羽ばたこう」
数年の心境とも思われる「すさんだ心」に対比させ、
なんというポジティブな歌詞!!
天から授かった奇跡の命を確かめて、
もう一度羽ばたこうという再生の決意!
高らかな宣言!
オマイガーッ! 感動的です。
これほどまでに個性的で魅力あふれるKeisonには、決意宣言とも思える歌詞の内容通り、もう一度メジャーデビューしてほしいと痛切に思いました。
Keison同様にテキーラをあおって、カート・コバーンの猟銃自殺まで思い出し、悶々とライブを聴いていた小生でしたが、最後にスカッと救われた気がしました。
那覇・ウンチャパティのマスターとおネエさん
Posted by 猫太郎 at 19:32│Comments(0)
│音楽全般
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